粉河寺の歴史
宝亀元年(770年)、猟師の大伴孔子古は夜ごと猪や鹿を狩っていました。ある時、光明輝く地を見つけました。
そこに草庵を建てました。
ある日、童行者を一夜泊めた際、お礼にと孔子古の願いだった庵に仏像を安置することわ叶えてあげようと七日七夜、庵に篭り等身大の千手観音像を刻んで立ち去ったそうです。
時は流れ、河内の長者佐太夫の一人娘が病気で長患いをしていると、童行者がやってきて祈祷し娘の病気を治してくれました。長者がお礼にと宝の山を渡そうとしましたが、童行者は断って、娘が捧げた箸入れと袴だけを受け取り粉河の者だと告げ去って行きました。
翌春、長者一家が粉河を訪れ童行者を探していると川辺に一件の庵を見つけました。扉を開けると箸入れと袴を持った千手観音像が安置されていました。長者一家は童行者は千手観音の化身だったと分かり、粉河寺として信仰が始まったそうです。
鎌倉時代には七堂伽藍、五百五十ヶ坊、寺領四万国を有すほど繁栄していましたが、天正十三年(1585年)豊臣秀吉の兵乱で多くの堂塔伽藍、寺宝を焼失しました。
その後、江戸時代に入り、紀州徳川家の庇護と信者の寄進で江戸時代中期には現在の諸堂が完成したそうです。
粉河寺の見どころ
高野山、根来寺に次ぐ規模を誇る大門、千手堂、鐘楼、西国三十三カ所で最大の本堂は国の重要文化財に指定されています。
粉河寺の縁起が描かれた粉河寺縁起絵巻は国宝に指定されています。
石組で造られた庭園は国指定名勝とされ、春には桜が咲き乱れます。
粉河寺の写真
粉河寺寺のデータ
宗派:粉河観音宗 総本山
御本尊:千手観世音菩薩
ご詠歌:父母の 恵みも深き 粉河寺 仏の誓ひ たのもしの身や
所在地:〒649-6531 和歌山県紀の川市粉河2787
拝観時間:8:00~17:00
入山料:無料(本堂拝観:400円)
駐車場:有り
公式ホームページ:
https://www.kokawadera.org/
(2025年12月現在の情報)
←第二番札所・西国三十三カ所巡礼TOP・第四番札所→