観音寺の歴史
平安時代の初め、弘法大師が東寺で修行していた時に東山の山中に光明が指しているのが見えたそうです。
不思議に思い、行ってみると白髪の翁が姿を現れ「この山に一寸八分の観世音がいるから、ここに一宇を構えて観世音を祀り、人々を救いなさい。」と語りました。そして十一面観世音菩薩像と宝印を渡されました。大師が立ち去る翁に何人が尋ねると「熊野の権現で永くこの地の守護神になるだろう。」と告げ姿を消しました。
大師は霊地を選ぶ為に錫杖で岩を穿つと霊泉が湧き出ました。今でも「五智水」と名付けられ崇められています
大師はそこに一堂を建て、自ら一尺八寸の十一面観世音菩薩像を刻み熊野大権現から授かった観音像を胎内に納め安置したことから今熊野観音寺が始まりました。
平安時代末期には後白河上皇が勅願され「新那智山」の山号を賜りました。
その後南北朝時代に兵火に見舞われましたが、足利尊氏や北朝の朝廷の配慮ですぐに復興されました。
応仁の乱でも伽藍が焼失しましたが復興されています。
観音寺の見どころ
弘法大師が観音寺を開山するときに湧き出した「五智水」が湧き出た「五智の井」は今でも湧き出ています。
本堂が建っている場所はかつては奥の院の順礼堂があったところで、弘法大師が熊野大権現と出会われた場所と言われています。
本尊は弘法大師が刻まれた十一面観世音菩薩像で、胎内には熊野大権現より授かった十一面観世音菩薩像が祀られているそうです。本尊は秘仏で直接拝むことはできません。
ぼけ封じのお寺として有名で、大師堂の前に「ぼけ封じ観音」が祀られています。
観音寺の写真
観音寺のデータ
宗派:真言宗 泉涌寺派
御本尊:十一面観世音菩薩
ご詠歌:昔より 立つとも知らぬ 今熊野 仏の誓い あらたなりけり
所在地:〒605-0977 京都府東山泉涌寺山内町32
拝観時間:9:00~17:00
入山料:無料
駐車場:あり
公式ホームページ:
https://www.kannon.jp/
(2025年12月現在の情報)
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