創建は不詳ですが、空海が
高野山を開山する際に地主神の丹生都比売神に導かれ授かったという伝説が残っています。以降、高野山と丹生都比売神社は密接な関係にあり、高野山の鎮守として祀られています。
10世紀末には正式に高野山に帰属し、日本の神仏融合の始まりとなりました。
後に修験者の修行の拠点にもなり、今でも境内には遺跡が残っています。
鎌倉時代の元寇の際には丹生都比売大神が日本の神々の先陣を切ると託宣があり、日本の勝利で元軍が敗走すると予言されました。予言通り元軍は神風により壊滅敗走し、鎌倉幕府により紀伊国一之宮と定められました。
明治時代に入り神仏分離に伴い高野山から独立しましたが、今でも高野山の僧侶による参拝は続き、神前での読経も行われています。
和歌山県のかつらぎ町から高野山に向かう途中の天野盆地にある神社です。
外鳥居を抜けると人魚の肉を食べて不老不死になった八百比丘尼が宝鏡を納めたという伝説が残る鏡池があり、豊臣秀吉の妻である淀殿が奉納した輪橋が架かっています。
本殿前には重要文化財であり、世界文化遺産に登録されている楼門があります。通常参拝はこちらの楼門前での参拝になります。
本殿は4社あり、第一殿に丹生都比売大神、第二殿に高野御子大神、第三殿に大食都比売大神、第四殿に市杵島比売大神が祀られています。
境内には大峰修験道碑や光明真言板碑など仏教や修験道との関りがわかる遺跡が残っています。
境内横には八町坂があり登っていくと
慈尊院から続く高野山参道の石町道に繋がります。八町坂と石町道の交わる所には二ツ鳥居があり丹生都比売神社を上から眺めることができます。
(丹生都比売神社から30分~1時間の山道を登ることになります。途中湧き水でぬかるんでいるところがあり、滑りやすいので、登山シューズや運動靴でも滑りにくいもので登ることをお薦めします)