天河大辨財天社の歴史
飛鳥時代、役行者によって大峰開山する際に蔵王権現に歓請され弥山の鎮守として祀られたのが始まりだそうです。
弘法大師が高野山の開山の為に3年間大峰山で修行した際、最大の行場が天河神社だったそうで、今も多くの弘法大師の遺品が奉納されているそうです。
壬申の乱では天武天皇が戦勝を祈願し、ヒノモトの言霊を賜ったと云われています。
江戸時代までは琵琶山白飯寺と号し、本尊は弁財天としていましたが、明治時代に入り廃仏毀釈で廃寺となり、本尊の弁財天は市杵嶋姫命と改め、天河神社として信仰されてきました。
昭和40年ころから神道家の間で日本弁財天総本宮として注目され始め、今では精神世界のメッカ的存在として脚光をあびています。
天河大辨財天社の見どころ
奈良の天川村にある天河大辨財天社。神様に呼ばれなければ辿り着けないといわれ、呼ばれていなければ急な豪雨で行けなくなったり、カーナビが誤作動を起こして辿り着けないなど数々の謂れがあります。
主祭神の市杵嶋姫命は芸能の神として知られ、芸能関係者の参拝が多い神社です。
広島の厳島、滋賀の竹生島と並び日本三大弁財天の一つと云われています
近くには青く透き通った川で知られる「みたらい渓谷」や五代松鍾乳洞・面不動鍾乳洞といった鍾乳洞もあり、日本名水百選の「ごろごろ水」があります。
天河大辨財天社の写真
天河大辨財天社のデータ
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