住吉大社の歴史
日本書紀によると神功天皇の新羅(朝鮮)征討で皇后を向かわせました。神功皇后は征討に成功し、日本に帰国中に麛坂皇子と忍熊皇子の反乱に遭い、難波に向かいましたが、進まなくなった為、占いをすると住吉三神を大津渟中倉之長峡で祀るように託宣が下りました。皇后が託宣通りに鎮祭すると、無事に海を進めるようになったそうです。
この大津渟中倉之長峡が住吉大社になったと言われています。
治承5年(1181年)後白河院から兵乱鎮静の為の祈祷で、伊勢神宮や石清水八幡宮、加茂神社と並んで、春日大社と住吉大社も選ばれ一之宮の位置づけられていきました。
鎌倉時代には源頼朝が住吉大社に神馬を奉納するなど武家からも崇敬され、室町時代には足利尊氏など将軍からも崇敬を集めました。
しかし徐々に社勢は衰え、戦国時代には火災で焼失します。
文禄3年(1594年)豊臣秀吉の太閤検地で朱印地として2060石が認められ、慶長11年(1606年)豊臣秀頼によって境内を再興されました。
江戸時代には徳川家康からも崇敬され、文化7年(1810年)には現在の本宮社殿が造られました。大阪より西の大名が参勤交代の時は住吉大社を参詣し、松尾芭蕉や井原西鶴、滝沢馬琴など文化人の参詣も記録が残っているそうです。
明治維新後は近代社格制度で官幣大社になり、昭和27年(1952年)神社本庁の別表神社になりました。
住吉大社の見どころ
鳥居を抜けると反橋が池に架かっていて、川端康成の小説「反橋」の舞台になっています。
本殿は国宝で第一本宮から第四本宮まで4棟あり「住吉造」と言わています。
第一本宮に底筒男命、第二本宮に中筒男命、第三本宮に表筒男命の住吉三神を祀り、第四本宮に神功皇后をお祀りしています。
第一本宮の南側に「五所御前」という場所があり、「五」「大」「力」と書かれた三種類の石がたくさん置かれています。この三種類を探してお守りにすると願いが叶うと言われています。願いが叶うと石を倍にして返しお礼をするそうです。
第四本宮前には住吉神兎という「なでうさぎ」があり、兎をなでて無病息災を祈祷します。
おとぎ話の「一寸法師」で老夫婦が子供を授かるよう祈祷したのが住吉大社だったと言われています。境内の種貸社には一寸法師のお椀があります。
楠碧社は「はったつさん」と親しまれ、商いにご利益がある神社です。参拝の際、招福猫を授与してもらい48か月間毎月参拝し「始終発達」(四十八辰)の福を授かるという縁起物です。招き猫は左手は人を招き、右手は金を招くと言われ、奇数月は右手、偶数月は左手を求めるそうです。
住吉大社は海と船や飛行機を守る神様で、最近では釣りを趣味にしてる人にも人気の神社です。ルアーの形をした釣人守護のお守りは人気です。
住吉大社の写真
住吉大社のデータ
御祭神:第一本宮 底筒男命(そこつつのおのみこと)
第二本宮 中筒男命(なかつつのおのみこと)
第三本宮 表筒男命(うわつつのおのみこと)
第四本宮 神功皇后(じんぐうこうごう)
所在地:〒558-0045 大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
参拝時間:6:00~16:00(4~9月)
6:30~16:00(10~3月)
特別参拝や祭典、正月期間は変動あり
参拝料:無料
駐車場:あり
公式ホームページ:
https://www.sumiyoshitaisha.net/
(2025年12月現在の情報)
パワースポットへ