春日大社の歴史
和銅3年(710年)奈良の平城京が遷都され、藤原氏の氏神である武甕槌命を春日の御蓋山に祀り、春日神と称したのが始まりで、神護景雲2年(768年)称徳天皇の勅命で武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神を祀った本殿が造営され大宮として整備されました。
平安時代には官祭」が行われるようになり、加茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭、そして春日社の春日祭が三勅祭とされています。
藤原氏の氏神である春日社と氏寺である興福寺は関係が深く、神仏習合が進むにつれ、春日社と興福寺は一体化していきます。興福寺と春日社は繁栄し、隆盛を誇りました。
しかし興福寺や東大寺が平清盛と対立すると、治承4年(1181年)平重衡によって南部焼討が行われ、興福寺と東大寺はほぼ全焼、春日社は西塔と東塔が焼失しましたが、主要部は被害を免れました。
室町時代に入ると貴族だけでなく武家や町人からも厚い信仰を受け、平安時代から始まった燈籠の奉納が信者からの寄進で一機に増え、春日社は日本で一番燈籠が多い神社になりました。奈良で一番明るい場所だったそうです。
しかし戦国時代になると各地の武将に横領され、興福寺の衆徒だった筒井順慶が織田信長の家臣になり興福寺と春日大社の威勢は衰えていき、春日社は1400石しかありませんでした。
豊臣秀吉が天下統一後文禄4年(1595年)秀吉から春日社に3206石の所領を認められ、江戸時代には興福寺と春日大社合わせて2万1119石が認められました。
明治に入り、神仏分離令、廃仏毀釈で春日社と興福寺は分離され、春日社にあった仏像・仏具は徹底的に撤去されました。
明治4年(1871年)社名を「春日神社」に改称、官幣大社春日神社になりました。
昭和21年(1946年)近代社格制度の廃止で春日神社になりましたが、他の多くの春日神社と混同されるので「春日大社」に改称しました。
昭和23年(1948年)には神社本庁の別表神社になり、平成10年(1998年)「古都奈良の文化財」としてユネスコの文化遺産に認定されました。
春日大社の見どころ
全国に約3000社ある春日神社の総本社になる春日大社。
本社に4柱の神様が祀られている他、摂末社合わせて61社が祀られています。
本社は美しい朱塗りで、伊勢神宮と同じく式年造替という儀式で20年に一度社殿の修繕や造り替えで美しく保たれています。
夫婦大国社では、大国主命の伴侶である須勢理姫の持ち物である「しゃもじ」に願い事を書くと願いが叶うと言われています。また夫婦大国社で受付をして周る若宮15社めぐりができます。
萬葉植物園では万葉集にゆかりの深い約300種の植物を栽培し春日大社の社紋である「藤」を栽培する回遊式庭園もあります。
興福寺、東大寺、春日大社は奈良公園の中にあり、神様が常陸国から御蓋山に来られる際に白鹿に乗ってきたとされていることから、鹿は神様の使いとして大切に扱われています。2025年の調査では1465頭確認されています。
東大寺と春日大社の間には若草山があり、毎年1月に行われる若草山焼きは夜空を焦がす壮観さがあります。
春日大社の写真
春日大社のデータ
御祭神:第一殿 武甕槌命(たけみかづちのみこと)
第二殿 経津主命(ふつぬしのみこと)
第三殿 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
第四殿 比売神(ひめがみ)
所在地:〒630-8212 奈良県奈良市春日野町160
参拝時間:6:30~17:30(3~10月)
7:00~17:00(11~2月)
特別参拝や祭典、正月期間は変動あり
参拝料:無料
ご本殿特別参拝700円
国宝殿 大人700円 大高学生400円 小学生300円
萬葉植物園 大人700円 小中学生 300円
駐車場:あり
公式ホームページ:
https://www.kasugataisha.or.jp/
(2025年12月現在の情報)
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