方違神社の歴史
崇神天皇8年(紀元前90年)に勅願で素戔嗚尊を祀らせたことが起源だそうです。
のちに神功皇后が忍熊王の叛乱にあった時に天神地祇を祀って方災除けを祈願し勝利したそうです。
応神天皇が素戔嗚尊と天神地祇の他に三筒男神(住吉大神)と神功皇后を祀り、方違大依羅神社とし「方違宮」と呼ぶようになりました。
摂津国・河内国・和泉国の境である三国山にあり、どの国にも属さない為に古くから「方位」「地相」など方災除けの神社として有名になりました。
平安時代には熊野詣の人々が参詣し、旅の安全を祈願するようになりました。
明治元年(1868年)には東京奠都で都を東京に移す際17日間の祈祷をする命を受けたそうです。
昭和20年(1945年)大阪大空襲で社殿が焼失、昭和23年(1948年)になり再建されました。
方違神社の見どころ
大阪の堺にある小さい神社です。ご利益は全国でも珍しい方災除けで全国から転居や移設、旅の安全を祈願しに参拝者が訪れます。
境内には、神木の楠を祀った楠木姫大神や稲荷社が大年・鈴山・白髭・末次と4社あり、八幡大神や神明社などがあります。
近くには大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)があります。
方違神社の写真
方違神社のデータ
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